『小さな男*静かな声』 吉田篤弘
初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。
相変わらずゆっくりゆっくりと更新しているブログですが、
ゆっくりゆっくりと日々を、自分を、振り返りながら読む、
こちらの本がそんなブログの第三弾。
『小さな男*静かな声』 吉田篤弘
(中公文庫・定価781円+税・ページ総数421頁)
映画化された『つむじ風食堂の夜』、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』、『木挽町月光夜咄』といった著作を手掛けるほか、
奥様である吉田浩美さんと共に「クラフト・エヴィング商會(しょうかい)」という名義での執筆・装幀も行い、
2001年には講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞されている、
そんな少し異色の肩書をもつ吉田さん10作目の本作品。
残念ながらどこの本屋でもあるとは限りませんので、
少し見つけづらいかもしれません。が、ぜひ探して読んでいただきたいです。
主人公は百貨店に勤める“小さな男”と
深夜のラジオ・パーソナリティを務める“静かな声” の二人。
そしてその二人を取り囲むミヤトウさん、小島さん、ほか魅力的な人々。
登場人物は数えるほどでストーリーも何かが起こるわけでもなく、極々シンプルです。
「あ~いわゆる日常を追っていく系の小説やね」
・・・ちょっと違います。
いや、合ってるんですがその一言では片づけられない不思議な引力のある小説です。
二人の日常を追っていくというよりも、
“小さな男”と“静かな声”とそして読者である“わたし”の日常が見えてくるような
そんなお話です。
二人の日々はささやかな、本当にささやかな成長や変化の日々ですが、
ひとつひとつが実は大切で、そして実に丁寧に描かれています。
そして読者は読みながら、「そうそう」「確かに」「なるほど」と
二人と共に自分を振り返りながら自分の人生も一緒に進めていく、
そんな体験を得られる。
なかなか他の本では得難い体験です。
冒頭に「ゆっくりゆっくりと」と述べましたが、
本作品、読むのに時間がかかります。
決して読みづらくはないです。むしろ読みやすいです。
ただ自然と読む“間”をとってしまう。
作家の重松清さんによる解説がかなり良いですので少し引用させていただきます。
読みかけの本を伏せて机に置き、ふう、と息を継ぐときの心地よさが味わえるというのもまた、優れた小説にしかできないことではないだろうか?
まさにこれです。この感覚です。すみません他人任せですが、まさにこれなんです。
さらに、もう一つ私が推したい魅力が、
吉田篤弘さん特有の言葉のはこび方です。
本作品にユーモアと可愛らしさと温かみを添えているのは
吉田さんの言葉です。これはぜひ読んで体感していただきたい。
さみしいですものね。今日、いまここでこうして二人で話したこととか、話しながら考えたこととか、そんなことがもしかして自分にとっていちばん残しておきたいものなのに
ミヤトウさんがつぶやくこの言葉。本作品で一番好きな言葉です。
フラワーカンパニーズの『日々のあぶく』*1にも通じる所がある気がします。
一気に読んでしまう本も素晴らしいですが
時にはこうした本で、普段考えないことをふと考えながら時間を過ごすことも
素敵やん、なんて思います。
ぜひ。
P.S.
途中にも述べましたが、本書最後の重松清さんによる解説はかなり素敵です。
読者の代弁者のようです。普段解説まで読まない方もぜひ読んでみてください。