本の棚

れっつ 読書/Instagram@honnotana

『家守綺譚』 梨木香歩

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

容赦なく暑い日が続いていますね。時間も容赦なく過ぎて、書くのも久しぶりになってしまいました。うっかりするとすぐに忙しない日々に流されてしまい、はっと気づけばあっという間に季節が変わっています。そんな私がこういう時に開くのが本書。同じく忙しい皆さんに、暑い日々に顔をしかめている皆さんに、心に少し余裕が出るように、季節を感じるゆるりと不思議なこの一冊をご紹介。

 

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『家守綺譚』梨木香歩

新潮文庫・定価400円+税・ページ総数205頁)

 

映画化された『西の魔女が死んだ』でも有名な著者が手掛ける本作。

舞台はおよそ百年前、文明の進歩が少しずつ世を変えている日本、主人公は、駆け出しの物書きである綿貫(わたぬき)征四郎。彼が、学生時代にボートの事故で行方不明のままとなった親友・高堂(こうどう)の家に、縁あって家の守をする「家守」として住むことから物語は始まります。

ある日、家の掛け軸から不意にボートで現れた高堂と不思議な再会を果たし、その家の庭や周囲の自然に生きる四季折々の植物、時たま出会う物の怪たちと、これまた不思議な交流していく征四郎。

 

繰り返される現実離れした不思議な現象、「百年前」のお話という設定でありながら、この本で悠然と静かに語られる物語は、今の私たちにもどこか近く親しみを感じさせます。この梨木さんの文章が醸し出す空気感、ぜひ味わってほしい!

 

 

そんな物語の中で特に丁寧に描かれるのが、季節の移ろい。

 

本書の目次には「サルスベリ」「都わすれ」「ヒツジグサ」「ダァリヤ」「ドクダミ」・・・というように、春から始まり、四季折々の植物の名が。

一つ一つの話ではそれらの植物がほんのり花を添え、それに合わせた季節の描写がたっぷりと描かれています。私たちがつい見落としがちな小さな変化を、この本が気づかせてくれるやも。

 

外の明るさに和紙を濾過したような清澄さが感じられる。いいか、この明るさを、秋というのだ、と共に散歩をしながらゴローに教える。(P.99)

 

 

 

また、時に描かれる、大切な人を失うという移ろい。その切なさの描き方もまた魅力の一つです。

 

 

――隣の家の幼友達なんです。ええ。急なことだったので、花が間に合わなくて。この辺り一帯の、早咲きのサザンカをみんな集めてきたんです。

私は黙ってうなずいた。

――かわいそうだと思わないでください。佐保ちゃんは、春の女神になって還ってくるのだから。

ダァリヤの君の声は高揚していた。私は黙ってうなずいた。それ以外に何が出来ただろう。

角の所まで送っていった。別れ際、

――僕の友だちも湖で行方不明になりましたが、気の向いたときに還ってくる。

と云った。ダァリヤはちょっと、泣きそうな風に顔をしかめたが、

――ええ、そう、そういう土地柄なのですね。

と呟き、明々と提燈の燈る通夜の席に戻っていった。(P.126)

 

 

 

 

そして、終盤明らかになる、征四郎が気づいた高堂が消えてしまった理由。

この前後の場面で描かれる、征四郎のものの見方はぜひ読んでほしいと思います。この物語にあるべき、とても素敵な最後になっているかと。

 

 

「奇譚」ではなく、あえて「綺譚」というだけある、美しい一冊。

ぜひ味わっていただければ嬉しいです。

 

 

P.S

実は私はこの本を友人から勧められた口で、正直、自分で本のあらすじだけ読んでいたら、こんな素敵な本とはわからず読まずじまいだったかも(Dさんありがとう)。改めて私も実感しましたが、やっぱり読んでみなきゃ本の魅力なんてわからないですね。