本の棚

れっつ 読書/Instagram@honnotana

『間取りと妄想』 大竹昭子

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

ご無沙汰しております。

忙しさにかまけて自分で自分の時間をつくれないというのは、どうにもよろしくないですね。ゆっくり続けていきますので、ちょっと暇な時があれば覗いてもらえると泣いて喜びます。新しい本と出会うきっかけになれればと、勝手ながら祈っています。

 

突然ですが、最近わたしの周りでは、密かな引っ越しブームがきています。この家に住んだら・・・とその家での新たな生活を妄想しては、友人たちは少なからずワクワクしているようです。彼ら彼女らの話を聞いて何だかうらやましいなと思っていたら、頭に浮かんだ一冊。「家」について秀逸な“妄想”を繰り広げるこちらの本をご紹介。

 

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『間取りと妄想』 大竹昭子

亜紀書房・定価1,400円+税・ページ総数203頁)

 

亜紀書房ウェブマガジン『あき地』にて連載されていたものが改稿され、さらに書き下ろしの一編を加えて短編集として出版されたのがこの一冊。けっこういろんな媒体で紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれません。

ソフトカバーで紙も軽く、持ち運びやすいという個人的に大好物な単行本です。

 

13の間取りと、そこで暮らす・そこに訪れる人々の13のエピソードが詰まった本作品。各章の冒頭には題名のあとに間取りが描かれており、わたしたち読者はそれを見ながら、彼ら彼女らの生活に足を踏み入れる仕組みになっています。

謎の隣人の家に足を踏み入れたカップルがあることに気づく「隣人」

失恋によるショックで自室のロフトに閉じこもる学生の感情の動きを描いた「巻貝」

一見地味で真面目な彼女が家のとある場所で密かに行うある行為を描いた「仕込み部屋」

などなど、“一軒一軒”バラバラなエピソードが詰まっています。

 

間取りとは、ご存知のとおり線だけで“平面的”に描かれた図面であり、とてもシンプルなもの。伝わってくる情報はあくまで図面としての情報のみで、とても簡素なものです。

そんなわたしたちにも馴染みのある「間取り」が、大竹さんの手によって一気に色彩を帯びた「家」としてわたしたち読者の前に“立体的”に姿を現し、そこに生きる人間の様子や複雑な感情が、濃く描き出されていく。

 

 “間取りの中に確かに人が生きている”というリアルな実感。

あらゆる間取りのあらゆるエピソードを読む中で味わえるこの実感は、かなり魅力的で面白いです。

この間取りは実際にはどんな家で、今この主人公はこの間取りのどこを歩き、どこを見ているのか。そしてそこで何をして何を考えているのか。

登場する彼ら彼女らは喜びもすれば悲しみもするし、時には他人に見せられない姿をひっそりと露呈させることもあります。それらをぜひ、“間取り”から始まる異色なこの一冊で味わっていただきたい!

 

 

間取りの様々な部分を切り取って、巧みに物語を描く大竹さん。

 

例えば、この間取りを見て、皆さんならどこの部分でどんな人がどのようなことをしていると想像しますか?どんな物語が始まると想像しますか?

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きっと色んなことが想像できると思います。もしくは想像もつかないかもしれません。本の中では、時には「そこ(を切り取るの)か・・・!」とこちらの予想が気持ちよく裏切られることや、物語が予想もつかない展開を迎えることも。

※ちなみに、この間取り、実はおかしなところが1点あります。なぜここにこれがあるのか?物語のキーになっているので、正解は読んでからのお楽しみです。

 

 

 

また、間取りの中に自分が実際入っていくような描写も本作品の魅力のひとつです。

例えば、この一軒。

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玄関のドアを開けた瞬間、カビと湿気が入り混じった臭いに鼻孔を刺激され、思わず大きなくしゃみが出た。(中略)

ドアを閉めると光の帯は消え、あたりは薄暗くなった。覗き窓からもれるわずかな明かりを頼りにコンクリートの長い通路を進んでいく。幅が狭く、奥にいくほど暗くなっていて見えづらい。四分の三ほど行ったところで低い階段を登り、一段高くなった床をなおも進んで沓(くつ)脱ぎのスペースにたどりついた。(中略)

突き当りのドアのなかは一転してたくさんの光にあふれていた。地上に出てきたモグラさながらに思わず目をつむる。薄いまぶたの裏に黄色い光がちらつき、なかなか消えない。天井の窓から降りそそぐ光に温められ、室内の空気はびくとも動かない。川側の窓を押し開けると、ほどけて外に移動し、替わりに風が入ってきた。(P.8「船の舳先にいるような」)

 

物語の冒頭ではこんな風に描かれています。

人が玄関のドアを開けて、廊下を進み、窓からの光に目を細めているという、ごく平凡でありながら、なかなか間取りだけでは想像しづらい場面が、大竹さんの文章によって色づいた場面として、目の前に立ちあがっていく。

「間取り」があってこそ、感じられる面白みだと思います。

 

 

間取りというものは妄想し放題です。そしてこの本を読む限り、大竹さんの「妄想力」はいい意味で変態的なまでに緻密です。

今までにない「間取り」を駆使した異色の小説を、ぜひ手に取って楽しんでいただければと思います!

 

ぜひご一読を。

 

P.S.

すべての間取りはきちんと別冊にもまとめられています。傍らに置きながら物語を読み進めると、より読みやすくて良いかもしれません。(読者思いのありがたい付録!)

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