本の棚

れっつ 読書/Instagram@honnotana

『東京百景』 又吉直樹

 

 

 初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

読書の秋に読んでほしいということで前回は異様さにどっぷり浸る小説をご紹介しましたが、みなさんにも馴染みのあるこの方の一冊で軽快に読書の秋に突入するのもいいかもしれません。

 

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『東京百景』 又吉直樹

ヨシモトブックス・定価1300円+税・ページ総数276頁)

 

今や言わずと知れた人気お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんの自伝的エッセイ。元々「マンスリーよしもとPLUS」で連載されていた彼のコラムに加筆した作品を書籍化したものです。

(装丁がお洒落で、何よりハードカバーで型崩れしにくいのに軽いという持ち運びに最適な一冊!)

又吉さんが選ぶ東京の「百景」を舞台に、上京してきた頃から約10年間彼が送った日々。これらを綴った100編のエッセイを読むことができます。

 

このエッセイの魅力のひとつに、又吉直樹という人がもつ「恥」があります。

彼が過ごした日々の中で、喜びも悔しさも感動も悲しみも、一言では言い表せない感情も、そのほとんどが著者自身への「恥」をもって語られています。

自身の「恥」を自覚した上で語られる言葉の数々は、素直で、時に温かく、時に熱く、時に辛辣で、愛しいものです。

 

 

十代の頃、恥辱にまみれながら歌舞伎町から逃げ出した僕は独りぼっちだった。しかし、どうだ歌舞伎町?非常に危うい関係ではあるが、たまに背後から刀で斬りつけて来る事もあるが、それでも今の僕には仲間がいる。この街の風景は際限なく冷酷だが、時折とても温かい。

(p.126 「四十八・夜の歌舞伎町」)

 

何かの正義を強く主張して、ちょうど良い案配の潰せるくらいの小さな悪に対して厳しく向かっていく団体の臆病な英雄に気持ち悪さを感じて仕方がない。まるで俺みたいな奴だなと思う。都合の良い正義だなと思う。絶対に勝てない悪に真っ向から立ち向かって殺された人の話って聞いたことない。みんな、程好い感じでやってるなと思う。

(p.154 「五十七・下北沢CLUB Queの爆音と静寂」)

 

 

自分の「恥」を知って人や物事を見る彼の言葉は、愛しくあると同時に鋭く、強い。

 

また、さらさらと日記調に綴られる中で、ある一言、ある一文がいきなりキュッとこちらの心を掴んでくる“ニクい”文章も数多くあります。

 

寒い夜、キミの家に合鍵で入り、無防備に眠る頼りない表情のキミを無理やり起こし、「のど渇いてるやろ?水やで」と言って買って来たコーラを渡すと、キミは目を閉じたまま両手で抱え込むようにコーラを持って飲む。「ああっ」と小さく叫び、自分の喉を両手で掻きむしる。そして、二人で笑い続けた。あれが僕の東京のハイライト。

(p.220 「七十六・池尻大橋の小さな部屋」)

この数行、第七十六編の中で読むとかなりキュッときます。

 

 

又吉さんと言えば、第153回芥川賞を受賞した『火花』が話題となりましたが(こちらもかなり良いですが)、そちらを読まれた方、これから読む方、ぜひこの一冊もセットで読んでいただきたい。そして、芥川賞受賞作とか特に興味なし!の方も、ぜひこの一冊を読んで又吉直樹という人の文章に触れていただきたいと思います。

 

 

この本を出す機会に恵まれた事が本当に嬉しい。この先、仕事が無くなる事も、家が無くなる事もあるだろう。だが、ここに綴った風景達は、きっと僕を殺したりはしないだろう。(「はじめに」より)

 

 

私は熱烈なファンとかではないけれど、又吉直樹という人は大変興味深い方です。テレビで観る彼とは違う一面を本著で感じていただければと思います。ぜひ!

 

 

P.S.

又吉さんが芥川賞を受賞した際の、選考委員である山田詠美さんのインタビューが面白いのでお時間のある時にぜひ。↓

【芥川賞講評】「いやあ、又吉くんうらやましい、と」山田詠美選考委員(1/8ページ) - 産経ニュース

「1行1行にコストがかかっている」という、『火花』に対する山田さんの考えがとても素敵です。