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本の棚

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『注文の多い注文書』 小川洋子、クラフト・エヴィング商會

 

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

2017年が始まりました。“2017年”と聞くとなんだかもう近未来のような響きがするねとこの前友人と話しておりました。年月はどんどん進んでいるわけですが、近い将来には(もしくはもう既に?)こんな“注文”を聞いてくれるお店が存在しているかも。新年一発目は、不思議な“注文”をめぐる、見た目も内容も贅沢なとっておきの一冊を紹介させていただきます。

 

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『注文の多い注文書』 小川洋子クラフト・エヴィング商會

(筑摩書房・定価1600円+税・ページ総数205頁)

 

博士の愛した数式』、『ミーナの行進』、『薬指の標本』など数々の著書で知られる小川洋子さんと、吉田浩美さん・吉田篤弘さん(以前『小さな男*静かな声』 吉田篤弘 - 本の棚でもご紹介)による制作ユニット“クラフト・エヴィング商會”の共作である本作品。

「ないもの、あります」というコンセプトを掲げたクラフト・エヴィング商會へ、小川さんによる魅力的かつ難題な「この世にないもの」の注文が入るという、全5幕の短編集です。注文の品はすべて実在する小説に登場するものたち。それを探し求め注文しにやって来る人やその品そのものにまつわる物語を、小川さんとクラフト・エヴィング商會がシナリオ無しで書き上げた逸品。

 

恋人に触れる度、触れた箇所が自分だけ見えなくなるという女性が注文する「人体欠視症治療薬」、

祖父の死をきっかけに出会った不思議な“叔母さん”を探す男性が注文する「貧乏な叔母さん」などなど。

もしかすると本に詳しい方は“注文”を見ただけで「あぁ、あの小説のあれか」とピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

本作品の魅力の一つとして、文章と写真を組み合わせた特徴的なデザインがあります。(これはクラフト・エヴィング商會が得意としている手法です)

まず目を惹くのが、思わず“ジャケ買い”したくなるような綺麗な装丁ですが、ページを開くとそこには文章と共に「この世にないもの」を映し出した、魅力溢れる写真が納められています。

この世に“ない”はずのものが現実的に“ある”ような、

現実世界とフィクションの世界の境界が曖昧になるような、

読者の心をがっつり惹きこむ、趣向を凝らした中身になっています。

 

 

また、もちろん写真だけではなくエピソードとその語り口も一つ一つ秀逸なところがこの本の贅沢なところです。

お客はなぜそれを注文するに、注文せざるを得ない状況に至ったのか。小川さんが描く人々は、時には来店し、時には手紙をしたためて、切実な願いと共にそれぞれの探し物をクラフト・エヴィング商會へ“注文”します。

 

 

予約もしないで来ちゃったんですけど、構いませんか?とにかくこういう場所は初めてなんで、要領がよく分からなくて・・・・・。ここを教えてくれたのは時々目医者さんで一緒になる、指圧師のおじいちゃんです。クラフト・エヴィングさんに頼めば大丈夫。どんなわがままな注文でも、嫌な顔一つせず、快く聞き入れてくれる。あそこには、ないものだってあるのだ。だから何の心配もいらない。そう言ってました。

私の注文は、人体欠視症の治療薬。分かります?変な病気でしょう。どうか、笑わないでね。

(「case 1 人体欠視症治療薬」P.20)

 

特殊な病の治療薬を求めてクラフト・エヴィング商會にやって来た女性が来店する最初の場面。

すべての注文はこんな風に彼ら彼女らが直接発する言葉で語られ、その想いを私たち読者の胸にも訴えかけてきます。

 

これらの注文品に関して、どのようにしてその品が発見されたのか、そしてそのこの世に“ない”はずの物はどんな姿かたちをして“ある”のか。すべてはクラフト・エヴィング商會による写真を織り交ぜた“納品書”で明らかにされ、「なるほど、こういう物(こと)だったのか」と私たち読者(と注文した人々)は目を見張るわけです。

 

そしてこの本の面白いところは、注文品を受け取った“受領書”として、小川さんによる、注文者たちの後日談が描かれていることです。「見つかりました、めでたしめでたし。」では終わらない。

注文品を手にした彼ら彼女らはその後どうなったのか。果たしてその品を手に入れて幸せになったのか。時に意外な結末を迎えるエピソードに再び読者は目を見張ります。

 

 

読んでいるうちに、不意に足をすくわれるような“仕掛け”がたっぷり盛り込まれた、美しいこちらの一冊。ぜひご一読ください。

 

 

P.S.

この本の最後には「本書の源泉となった五つの小説」と題して、実際に注文品が登場する実在の小説が小川洋子さんのコメント付きで紹介されています。こちらも読んでいただければ、次に読みたくなる本が見つかるかもしれません。