『とにかくうちに帰ります』 津村記久子
初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。
いよいよ2016年もあと1か月と少しになりました。
なんて言われると私なんかは何だか焦って一旦耳を塞ぎたくなります。
多くの方がじわじわ忙しくなってくるであろうこの時期ですが、そんな日々にちょっと余裕を持たせてくれるかもしれない、こんな一冊はいかがでしょうか。
(今回の本は友人に教えてもらいました。ありがとう!)
『とにかくうちに帰ります』津村記久子
(新潮文庫・定価460円+税・ページ総数207頁)
「職場」を中心に、様々な視点からあらゆるエピソードが綴られた、表題作を含む全六篇の短篇集。
実はちょっと大切にしていた文房具が、上司から返ってこないもどかしさを描いた『ブラックホール』
応援している選手を、“厄”を呼び寄せる人の好い先輩社員から密かに守る『バリローチェのファン・カルロス・モリーナ』
豪雨の中家を目指す4人を描いた『とにかくうちに帰ります』
などなど。
書き出すと本当に些細な出来事ばかりですが、侮るなかれ。
これらの話に含まれる切なさと可笑しさと優しさが生み出す共感はとても心地の良いものです。
登場人物一人一人が、彼らの感情や行動の一つ一つが実に丁寧に描かれている本作品。「あぁ、こういう人いるよなぁ・・・」「うわ~こういうことあるよなぁ!」と苦笑しつつも、登場する人物は皆何だか愛おしく、彼らが取る言動は可笑しくも優しかったりする。
ちょっとむかつく後輩との帰り道。
「すみませんけど、ハラさんが買ったお茶とか、ちょっと分けてもらってもいいですか?お金は払いますんで」こいつ、あんなにポテトをもさもさ食っていたせいで喉が渇いたのか、とハラは呆れるが、ああ、お金はいいよ、などと気前よく言ってしまう。
「紅茶とお茶としょうが入りはちみつレモンがあるよ」
(中略)「じゃあ、しょうがはちみつレモンをください」
いちばん楽しみにしていた飲み物を指されて、ハラは微かに舌打ちをした。(p.159)
成り行きで一緒に帰った小学生との一コマ。
「寒いな、やばいよ。このまま家に帰っても体が大丈夫かどうか・・・・」
「弱気になるなよ、息子さんがあんたに会いたがってるよ」
胸を衝かれたような気がした。サカキはうつむいて、よしひろのことを思った。ミツグは、携帯電話の画面をしげしげと眺めながら、おお、この橋の果てはうずまきなんだな、とどこかうれしそうに呟いていた。(p.164)
また、作品以外でも注目していただきたいのが、西加奈子さんによる解説です。私としては読後の読者の気持ちを代弁してくれているかのように感じた、素敵な解説でした。
つまり津村さんは、「取るに足らないとされていること」や、「確実に起こっているけれど覚えておくまでもないとされていること」を積極的に書いてくれる。
重要なのは「とされていること」という点である。
この出来事は、この気持ちは、本当に取るに足らないことなのか?
覚えておくまでもないことなのか?
それが彼らの、私たちの日常にある限り、そしてそれがわずかでも心を動かしたのなら、それはとても切実な、大切な瞬間なのではないのか?(P.202)
劇的なドラマや展開があるわけではない。ものすごく良いことを言っているわけでも、何か特別に立派な行動をしているわけでもない。
ただ、「明日からちょっとだけ頑張れそう」と思わせてくれる力がこの本にはあります。
仕事終わりの帰り道、ちょっと疲れたり嫌なことがあったりした時、電車の中でこれを読めばふっと肩の力が抜けるかもしれません。そんな一冊です。
ぜひぜひご一読ください。
P.S.
作者の津村さんは他作品で数々の賞も受賞されているようです。気になった方はぜひ。私も西さんの解説も含めてこの作品を読み、津村さんの作品がもっと読みたくなりました。
そしてそして写真の表紙が汚くなってしまって、、お見苦しくて申し訳ありません。カバンで潰されてしまいまして、、大目に見てください(涙)