本の棚

れっつ 読書/Instagram@honnotana

『東京百景』 又吉直樹

 

 

 初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

読書の秋に読んでほしいということで前回は異様さにどっぷり浸る小説をご紹介しましたが、みなさんにも馴染みのあるこの方の一冊で軽快に読書の秋に突入するのもいいかもしれません。

 

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『東京百景』 又吉直樹

ヨシモトブックス・定価1300円+税・ページ総数276頁)

 

今や言わずと知れた人気お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんの自伝的エッセイ。元々「マンスリーよしもとPLUS」で連載されていた彼のコラムに加筆した作品を書籍化したものです。

(装丁がお洒落で、何よりハードカバーで型崩れしにくいのに軽いという持ち運びに最適な一冊!)

又吉さんが選ぶ東京の「百景」を舞台に、上京してきた頃から約10年間彼が送った日々。これらを綴った100編のエッセイを読むことができます。

 

このエッセイの魅力のひとつに、又吉直樹という人がもつ「恥」があります。

彼が過ごした日々の中で、喜びも悔しさも感動も悲しみも、一言では言い表せない感情も、そのほとんどが著者自身への「恥」をもって語られています。

自身の「恥」を自覚した上で語られる言葉の数々は、素直で、時に温かく、時に熱く、時に辛辣で、愛しいものです。

 

 

十代の頃、恥辱にまみれながら歌舞伎町から逃げ出した僕は独りぼっちだった。しかし、どうだ歌舞伎町?非常に危うい関係ではあるが、たまに背後から刀で斬りつけて来る事もあるが、それでも今の僕には仲間がいる。この街の風景は際限なく冷酷だが、時折とても温かい。

(p.126 「四十八・夜の歌舞伎町」)

 

何かの正義を強く主張して、ちょうど良い案配の潰せるくらいの小さな悪に対して厳しく向かっていく団体の臆病な英雄に気持ち悪さを感じて仕方がない。まるで俺みたいな奴だなと思う。都合の良い正義だなと思う。絶対に勝てない悪に真っ向から立ち向かって殺された人の話って聞いたことない。みんな、程好い感じでやってるなと思う。

(p.154 「五十七・下北沢CLUB Queの爆音と静寂」)

 

 

自分の「恥」を知って人や物事を見る彼の言葉は、愛しくあると同時に鋭く、強い。

 

また、さらさらと日記調に綴られる中で、ある一言、ある一文がいきなりキュッとこちらの心を掴んでくる“ニクい”文章も数多くあります。

 

寒い夜、キミの家に合鍵で入り、無防備に眠る頼りない表情のキミを無理やり起こし、「のど渇いてるやろ?水やで」と言って買って来たコーラを渡すと、キミは目を閉じたまま両手で抱え込むようにコーラを持って飲む。「ああっ」と小さく叫び、自分の喉を両手で掻きむしる。そして、二人で笑い続けた。あれが僕の東京のハイライト。

(p.220 「七十六・池尻大橋の小さな部屋」)

この数行、第七十六編の中で読むとかなりキュッときます。

 

 

又吉さんと言えば、第153回芥川賞を受賞した『火花』が話題となりましたが(こちらもかなり良いですが)、そちらを読まれた方、これから読む方、ぜひこの一冊もセットで読んでいただきたい。そして、芥川賞受賞作とか特に興味なし!の方も、ぜひこの一冊を読んで又吉直樹という人の文章に触れていただきたいと思います。

 

 

この本を出す機会に恵まれた事が本当に嬉しい。この先、仕事が無くなる事も、家が無くなる事もあるだろう。だが、ここに綴った風景達は、きっと僕を殺したりはしないだろう。(「はじめに」より)

 

 

私は熱烈なファンとかではないけれど、又吉直樹という人は大変興味深い方です。テレビで観る彼とは違う一面を本著で感じていただければと思います。ぜひ!

 

 

P.S.

又吉さんが芥川賞を受賞した際の、選考委員である山田詠美さんのインタビューが面白いのでお時間のある時にぜひ。↓

【芥川賞講評】「いやあ、又吉くんうらやましい、と」山田詠美選考委員(1/8ページ) - 産経ニュース

「1行1行にコストがかかっている」という、『火花』に対する山田さんの考えがとても素敵です。

 

 

『私の男』 桜庭一樹

 

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

だんだん朝晩が涼しくなってきました。

秋の気配ですね。月並みですが、“読書の秋”です。

本が読みやすい季節です。良い季節です。

そんな秋が近づいている今日この頃、

少し肌寒い日にじっくり読んでほしい、中毒性のあるこちらの一冊をご紹介。

 

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『私の男』桜庭一樹

(文春文庫・定価670円+税・ページ総数451頁)

 

 

ご存知の方も多い作品ではないでしょうか。

第138回直木賞受賞作である本作品。浅野忠信さん、二階堂ふみさんにより実写化。2014年に公開され、そちらでも話題になりました。

この本を紹介しようという身でお恥ずかしい話ですが映画は観ておりません。

ので、そちらの感想は何とも言えませんが、こちらの本はいろんな意味で心に残らざるを得ない一冊になるかと思います。

 

 

結婚を目前に控えた腐野花(くさりのはな)と、その養父であり、異様な雰囲気をもつ淳悟。

物語は花婿の元へ向かう花へ淳悟が傘を差しだす場面から始まる。どこか奇妙で危うい二人の関係が見え隠れする中、時はどんどん二人の過去へと遡り――

極寒の北海道・紋別、日本海を背に、孤独な親子が成し得てしまった“家族”の形とは。彼らが求め続けた“愛情”の形とは。

 

お察しのとおり親子の禁忌が描かれていますが、「禁断の愛」なんていう陳腐な言葉ではなかなか片づけられない、かなり引力のある作品です。

常に嫌な感じが付き纏い、二人が抱えるもの、纏うものは、途中吐き気を覚えるほど濃厚になっていきます。それでも離れられず読み進めてしまう。

 

 

この本の大きな魅力のひとつは、人物描写にあります。

花と淳悟の描写は、時に読む者の心をすっと掴む。 

 私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。日暮れよりすこしはやく夜が降りてきた、午後六時過ぎの銀座、並木通り。彼のふるびた革靴が、アスファルトを輝かせる水たまりを踏み荒らし、ためらいなく濡れながら近づいてくる。店先のウィンドウにくっついて雨宿りしていたわたしに、ぬすんだ傘を差しだした。その流れるような動きは、傘盗人なのに、落ちぶれた貴族のようにどこか優雅だった。これは、いっそうつくしい、と言い切ってもよい姿のようにわたしは思った。(p.8) 

物語の冒頭。淳悟の登場シーンは、かなり印象的なものです。

 

 

わたしは手袋をしたまま、三つ編みに結んだほそい白いリボンをほどいた。胸の辺りまでのばした黒い髪を、きつく編んでいたので指でほぐして、首を左右に振った。かじかんだ手から、リボンが風にさらわれて、飛んだ。見上げると、湿った冬の風にあおられた黒髪がぶわあっ・・・・・・・と勝手に意思を持ったようにうごめいて、舞いあがり、わたしの顔を隠してしまった。(p.201)

 

花と淳悟を脅かす人物との対面直前。まだいくぶん幼い花の描写。

 

他人に否が応でも嫌悪感や気持ちの悪さを抱かせる関係にありながら、二人の姿は他人の目を奪う。それは読者に対しても例外ではありません。

 

 

 

また、この本の特徴のひとつは過去に遡る時系列になっていること。

私たち読者は、まず最初に彼らが最後にどうなるか知ってしまっているわけです。

その上でもう戻れない二人の過去へと歩みを進めなければならない。

 

過去に遡ることで謎が紐解かれる面白みもありますが、

時を遡れば遡るほど、花と淳悟を知れば知るほど、膨れ上がる切なさがあります。

全てを知ったあなたが最後の一文を読むとき、何を思うか。

 

 

 

線を引くことは、わたしたち人間には、むずかしい。

なんだって、そうだ。(p.255) 

 

 冬の紋別。真っ白な銀世界の中で、凄まじい程強い気持ちと、相反する無力さを兼ね備えた二人の親子の姿は、一読の価値大いにありです。

是非に。

 

 

P.S.

桜庭さんの描く「少女」はかなり魅力的なので、もしこの作品を読んで気になった方はぜひ他の作品も読んでみてください。

ちなみに桜庭一樹さんは女性で、そして美人です。

『キッチン』 吉本ばなな

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

お久しぶりです。まだ書いてました。

ちょっとドタバタしておりました。

暑くなってきてますね。

日々忙しくする中でちょっと疲れちゃったり、

たまにはため息なんかついちゃったりしますね(しませんかね?)。

そんな中でオススメする一冊、テーマは「生きていくこと」。

 

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『キッチン』吉本ばなな

新潮文庫・定価430円+税・ページ総数197頁)

 

よしもとばなな」という旧筆名でも知られる吉本ばななさんの

ロング・セラーとなったデビュー作が本作品。

表題作『キッチン』と処女作である『ムーンライト・シャドウ』が

収録された短編集です。

ちなみに『キッチン』は海外でも広く読まれている作品であり、

1989年、1997年の2回映画化もされています。

こちらの本、薄くて、小さくて、持ち運び超便利です。

 

“テーマが「生きていくこと」とはたいそうな。” そんな声がとんできそうですが、

もっと言うと、この作品は人の死が大きな軸になっています。

“重いな” そんな声もとんできそうですが、そうでもないです。

この本は、普通に、もしくは劇的に、「生きていく」私たちに、

極シンプルに、何か必要なものを与えてくれる一冊です。

 

表題作の主人公、突如祖母を亡くした少女みかげが、

あるきっかけから

雄一という青年とその母えり子の元で奇妙な居候生活を始める中で

見るもの、受け止めなくてはならないもの。

処女作の主人公、恋人を亡くした少女さつきが

“息の根が止まるかと思うくらい”の苦しさと向き合う中で

出会うもの、受け止めるもの。

二度と会うことのできない人との別れを経て、

どうしようもない大きな寂しさと、どうしようもなく大きな優しさを

兼ね備えながら進んでいく日々を

彼女は、彼女たちは、何を考え、どうやって生きていくのか。

 

 

この本で注目すべき点の一つは言葉です。

 

登場人物たちの感情が強く伝わってくる台詞。

ふとした一言で一気に彼女・彼らの感情が胸に迫ってくることもしばしば。

 

 

私が笑ってそう言うと、ふいに雄一の瞳から涙がぽろぽろこぼれた。

「君の冗談が聞きたかったんだ。」腕で目をこすりながら雄一が言った。「本当に、聞きたくて仕方なかった。」(p.73)

 

 

神様のバカヤロウ。私は、私は等を死ぬほど愛していました。(p.147)

 

 

ネタバレしてしまうので詳しくは書けませんが、

下手に説明せずとも彼の、彼女の気持ちが伝わってしまう場面です。

 

 

また、

作品の中では、“人の死”が常に眼の前に横たわっていますが、

読者が感じるのはおそらく“生命力”ではないかと思います。

登場人物たちが発する言葉の強さは、

何かを乗り越え生きていこうとする人の強さは、

どのようにであれ、生きている私たちの胸に迫ります。

 

たとえば、今は昨日よりも少し楽に息ができる。また息もできない孤独な夜が来るに違いないことは確かに私をうんざりさせる。このくりかえしが人生だと思うとぞっとしてしまう。それでも、突然息が楽になる瞬間が確実にあるということのすごさが私をときめかせる。度々、ときめかせる。(p.182)

 

 

 

小難しい学術書や専門書でなくとも

自分が気づかぬうちに必要としていた言葉が

小説から不意にこぼれてくることはあります。

 

ぜひ、自分の休息や栄養補給にでもこの本を使っていただければと思います。

ぜひぜひご一読をば。

 

 

P.S.

最近ポツポツと、ブログ読んでるよ、本読んでみたよとお声をいただきます。

ほんとに、死ぬほど嬉しいです。ありがとうございます。

拙いもので見苦しいかもしれませんが、どうか温かい目で見てやってください。

 

 

『問いつめられたパパとママの本』 伊丹十三

 

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

 

このブログを読んでいただいている方は、

おそらく本に多少なりとも興味がありご覧いただいているのだと思います。

そして何かしらを「知る」ことに興味がある方なのだと思います。

今回は新しい形で「ある分野」にちょっと詳しくなっちゃうこんな一冊。

 

 

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『問いつめられたパパとママの本』 伊丹十三

(中公文庫・定価590円+税・ページ総数208頁)

 

 

題名だけ見ると何の本なのかと思います。

ちなみに、先ほど申し上げた「ある分野」とは「科学」です。

科学。

「ほう」と身を乗り出す方もおられれば

「うげー」と顔をそむける方もおられるでしょう。

私は完全に後者です。苦手です。

難しい用語や数式なんて出てこられたらもうお手上げ、ぽいっと放ってしまいます。

 

この本はそんな私と同じように「うげー」となってしまう

どちらかというと文系、な人の為の

“面白い”科学の本。面白いです。結構、面白い。

 

 

テーマは“子どもが抱く素朴な疑問に答えること”

「空はなぜ青いの?」

「なぜお月様は僕が歩くと追っかけてくるの?」

「テレビはどうして映るの?」などなど。

素朴で、私たちも「そういえばなんでやろ・・・」と答えに詰まってしまう、

そんな疑問に科学で答えてやろうじゃないかというのが本書です。

好奇心旺盛な子どもたちの疑問に答えられる「パパとママ」になる為に。

ということでこの題名なわけですね。

 

 

先ほど文系にも面白いんだと、やたらと言いましたが

その秘密は著者の、エッセイのような文体、言葉のはこび方にあります。

専門用語は必要最低限に、あとは馴染みのある用語で、

話し言葉で綴られていく科学のお話。

科学の「説明」というよりは科学の「お話」。

 

小難しい考え方は要らない、

軽い気持ちで読むだけで、身近な疑問を「ふーん」「へー!」と解消してくれるわかりやすさと

時折はさまれる著者の“つぶやき”からくる面白みを兼ね備えた、

読んでいて楽しいお話です。

 

 

 

たまに「ん?」と思えば、

どうもみなさん、釈然とした顔をしてらっしゃらないなあ。(p.54)

なんて言葉が出てきて、明確な答えがきたり、

知人女性との会話を引っ張ってきて

この大理論、残念ながらまったく間違っています。しかし、なんですね、こういうことを大威張りで教えてくれる女の人というのは、僕はやっぱり可愛いと思うなぁ。嬉しくなってしまう。(p.68)

と、著者のつぶやきが挿まれたり、

空が青い理由を説明する中で

われわれがなにげなく眺めやる世の中にありとある物という物が、ひそかにある色をはねかえしたり、ある色を吸い込んだりしていることを思うと、なんだかあたり一面にわかに色めきたつような、そらおそろしい気がするではありませんか。(p.30)

なんて言葉がこぼれていたり。 

他の科学の本では見られない、エッセイスト伊丹十三さんならではの一面が見られます。

 

 

ちなみに、

“子ども”からの40の質問それぞれに6~9ページほどで簡潔に答えてくれますので

空いた時間にちょこっと読むだけで、

人工衛星ってなんで落っこちてこないの?」なんて無邪気に聞かれても

パッパッパーと答えられちゃいます。

 

 

「面白いな~」と思っているうちに「なんかいろいろ知っちゃったな!」

となる、大変お得な一冊です。

ぜひご一読ください。

 

 

P.S.

もし、この本を読むか迷っていらっしゃる方がおられたら

ぜひ最初の2ページを読んでみてください。

きっと読んでみたくなります。

 

 

 

 

 

 

『神戸、書いてどうなるのか』 安田謙一

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

早くも1か月1回ペースの更新になってしまっています。

言葉だけで人に興味をもってもらうというのは難しいですね。

今回は、その言葉だけで好奇心を大いにくすぐられる異色のガイドブック。

 

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『神戸、書いてどうなるのか』 安田謙一

(ぴあ・定価1500円+税・ページ総数255頁)

 

 

題名のとおり、関西を代表する港町「神戸」に関する本です。

「神戸」生まれ「神戸」在住の“ロック漫筆家”、安田謙一さんが

食、映画、音楽、本、人、風景、そして今は無き神戸の姿、などなど

実に様々な観点から「神戸」について語る108本のエッセイ集。

 

関西では平積みや面陳列で置いてある書店も多いので、

表紙を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

 

 

書店に行けば、神戸を特集した雑誌やガイドブックは数多く在ります。

ネットを開けば、NAVERあたりに「神戸のおいしいお店オススメ20選」

なんて、まとめられちゃったりもしています。

「お洒落」イメージが主流の神戸。神戸出身として、鼻高々ですね。

 

 

しかし、

この本はそんなイメージをおそらく気持ち良く覆してくれる、

異色の観点でありながら、“素”の神戸を隅々まで知ることができる一冊です。

 

神戸とは一体どんな街なのか。

神戸という場所には何が刻まれ、何が生きているのか。

神戸に住んでいる・いない、行ったことが有る・無い

そんなこと関係なく、ひとつの街を知る面白さが

この本には詰まっています。

 

そしてこの本の良いところは、安田さんの文章の軽快さ。

108本のエッセイは一つ一つがおよそ800文字で構成され、

ページにしてたったの2ページ。しかも余白たっぷり。

かなり眼にやさしく、読みやすい一冊です。

 

たった2ページで「信そば 長野屋」のカレーそばが食べたくなったり、

たった2ページで「兵庫駅」に降り立ちたくなったり。

 

2ページにさらりと書かれている

可笑しく、ディープで、時にノスタルジックな神戸を

鼻歌まじりにさらりと読めば、面白さ満点の一つの街が浮かび上がってきます。

 

 

 

私が愛した神戸の多くのものは姿を消したけれど、神戸が面白くなくなったとは言わない。(p.245)

 

 

変化しつつも失われない神戸の面白みをぜひ味わっていただきたいと思います。

そして、ぜひ実際に神戸に足を運んでいただければ。(簡単な地図もついています)

 

インドアな「読書」という行為が、人を外へいざなう手段になり得る

というのは面白いですね。

 

 

P.S.

本書には途中に何枚か神戸の写真が差し込まれています。

神戸に馴染みのある方は「あ、ここ!」なんていう愉しみもあるかもしれません。

 

 

『白夜行』 東野圭吾

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

かなり間が空いてしまいました。細々とやっていますのでどうか気長に読んでやってください。

今回は、前回とは真逆の、深く深くどっぷりと浸る作品をおひとつ。

 


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白夜行東野圭吾

集英社文庫・定価1000円+税・ページ総数860頁)

 

 

分厚いですねぇ・・・正直文庫本のくせに重くて持ち運びにくいです。

けれどもこのボリュームに見合うだけの魅力満点な小説です。

読まなきゃ損ですよ!、と押しつけがましく言っておきます。

 

 

容疑者Xの献身』『流星の絆』など数々の名作を手掛ける、言わずと知れた東野圭吾さん。の、これまた言わずと知れた名作。

 

 

始まりはとある質屋殺し事件。掴めない証拠、見えない犯人、難航する捜査。

そこから読者の前に現れるのは

並外れた美しさをもつ心を閉ざした少女、唐沢雪穂と

目に深い暗闇をもつ少年、桐原亮司。

19年という長い年月の中で描かれていく二人それぞれの姿と様々な恐ろしい事件。

真実はどこに隠れているのか。

絶望の中を、必死に生きる二人は最後に何を見るのか。

 

 

ドラマ化・映画化もされましたので、既にあらすじをご存じの方も多いのではないでしょうか。

しかし、原作である小説には大きな魅力として、映画・ドラマと大きく異なる点があります。

 

それは “構成” です。巧みに練られた緻密な構成が組まれています。

 

前述からおわかりかと思いますが、主人公は雪穂と亮司です。

しかし、二人が私たち読者の前で心の内を吐露することもなければ、

二人が何をしているのかさえ私たちにはわからない。

さらに、この二人が直接関わる描写は一部を除いてほぼありません。

あくまで二人は“赤の他人”。

全ては周囲の人間の視点から語られ、

私たち読者も彼らと同様に第三者の視点で二人を見つめるしかないわけです。

 

この構成の中、

何気ないたった一つの行動、たった一言の台詞、たった一文の描写が

19年の間に起こる出来事と絡む細かな伏線、

「まさか」という疑念や二人の痛みを

そっと、かつ確かに、私たち読者に伝えてくるのです。

 

ひとつひとつ明かされる真実と、

それに伴い見えてくる悲劇に

ページを捲る手は止まらなくなります。

分厚いです。でも先を読まずにはいられなくなるのです。

雪穂と亮司、二人を見届けずにはいられなくなるのです。

 

 

 

そして

ストッパーが外れたかのように駆け抜けるラスト、

― 息が詰まります。

 

 

 

時には、悲劇にどっぷり浸るのも良いです。

ボリュームで敬遠される方も多いでしょうが、

読後の満足感は保証できる、と思います。

ぜひ。

 

 

 

P.S.

可能であれば、読後もう一度読み返してみるのもかなり面白いです。

長いので大変ですが、1回目には見えなかったものがたくさんあるかと思います。

 

  「気ぃつけて帰れよ」(P.442)

全てがわかったとき、この場面でのこの言葉を放つ亮司を思うと私は少し泣きそうになります。

 

 

 

『小さな男*静かな声』 吉田篤弘

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

相変わらずゆっくりゆっくりと更新しているブログですが、

ゆっくりゆっくりと日々を、自分を、振り返りながら読む、

こちらの本がそんなブログの第三弾。

 



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『小さな男*静かな声』 吉田篤弘

(中公文庫・定価781円+税・ページ総数421頁)

 

映画化された『つむじ風食堂の夜』、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』、『木挽町月光夜咄』といった著作を手掛けるほか、

奥様である吉田浩美さんと共に「クラフト・エヴィング商會(しょうかい)」という名義での執筆・装幀も行い、

2001年には講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞されている、

そんな少し異色の肩書をもつ吉田さん10作目の本作品。

 

残念ながらどこの本屋でもあるとは限りませんので、

少し見つけづらいかもしれません。が、ぜひ探して読んでいただきたいです。

 

主人公は百貨店に勤める“小さな男”と

深夜のラジオ・パーソナリティを務める“静かな声” の二人。

そしてその二人を取り囲むミヤトウさん、小島さん、ほか魅力的な人々。

登場人物は数えるほどでストーリーも何かが起こるわけでもなく、極々シンプルです。

 

「あ~いわゆる日常を追っていく系の小説やね」

 

・・・ちょっと違います。

いや、合ってるんですがその一言では片づけられない不思議な引力のある小説です。

二人の日常を追っていくというよりも、

“小さな男”と“静かな声”とそして読者である“わたし”の日常が見えてくるような

そんなお話です。

 

二人の日々はささやかな、本当にささやかな成長や変化の日々ですが、

ひとつひとつが実は大切で、そして実に丁寧に描かれています。

そして読者は読みながら、「そうそう」「確かに」「なるほど」と

二人と共に自分を振り返りながら自分の人生も一緒に進めていく、

そんな体験を得られる。

なかなか他の本では得難い体験です。

 

冒頭に「ゆっくりゆっくりと」と述べましたが、

本作品、読むのに時間がかかります。

決して読みづらくはないです。むしろ読みやすいです。

ただ自然と読む“間”をとってしまう。

 

作家の重松清さんによる解説がかなり良いですので少し引用させていただきます。

 

読みかけの本を伏せて机に置き、ふう、と息を継ぐときの心地よさが味わえるというのもまた、優れた小説にしかできないことではないだろうか?

 

まさにこれです。この感覚です。すみません他人任せですが、まさにこれなんです。

 

さらに、もう一つ私が推したい魅力が、

吉田篤弘さん特有の言葉のはこび方です。

本作品にユーモアと可愛らしさと温かみを添えているのは

吉田さんの言葉です。これはぜひ読んで体感していただきたい。

 

 

さみしいですものね。今日、いまここでこうして二人で話したこととか、話しながら考えたこととか、そんなことがもしかして自分にとっていちばん残しておきたいものなのに

 

ミヤトウさんがつぶやくこの言葉。本作品で一番好きな言葉です。

フラワーカンパニーズの『日々のあぶく』*1にも通じる所がある気がします。


 

 

一気に読んでしまう本も素晴らしいですが

時にはこうした本で、普段考えないことをふと考えながら時間を過ごすことも

素敵やん、なんて思います。

 

ぜひ。

 

P.S.

途中にも述べましたが、本書最後の重松清さんによる解説はかなり素敵です。

読者の代弁者のようです。普段解説まで読まない方もぜひ読んでみてください。

 

 

 

 

*1:アルバム『新・フラカン入門(2008-2013)』に収録されています。