本の棚

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『間取りと妄想』 大竹昭子

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

ご無沙汰しております。

忙しさにかまけて自分で自分の時間をつくれないというのは、どうにもよろしくないですね。ゆっくり続けていきますので、ちょっと暇な時があれば覗いてもらえると泣いて喜びます。新しい本と出会うきっかけになれればと、勝手ながら祈っています。

 

突然ですが、最近わたしの周りでは、密かな引っ越しブームがきています。この家に住んだら・・・とその家での新たな生活を妄想しては、友人たちは少なからずワクワクしているようです。彼ら彼女らの話を聞いて何だかうらやましいなと思っていたら、頭に浮かんだ一冊。「家」について秀逸な“妄想”を繰り広げるこちらの本をご紹介。

 

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『間取りと妄想』 大竹昭子

亜紀書房・定価1,400円+税・ページ総数203頁)

 

亜紀書房ウェブマガジン『あき地』にて連載されていたものが改稿され、さらに書き下ろしの一編を加えて短編集として出版されたのがこの一冊。けっこういろんな媒体で紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれません。

ソフトカバーで紙も軽く、持ち運びやすいという個人的に大好物な単行本です。

 

13の間取りと、そこで暮らす・そこに訪れる人々の13のエピソードが詰まった本作品。各章の冒頭には題名のあとに間取りが描かれており、わたしたち読者はそれを見ながら、彼ら彼女らの生活に足を踏み入れる仕組みになっています。

謎の隣人の家に足を踏み入れたカップルがあることに気づく「隣人」

失恋によるショックで自室のロフトに閉じこもる学生の感情の動きを描いた「巻貝」

一見地味で真面目な彼女が家のとある場所で密かに行うある行為を描いた「仕込み部屋」

などなど、“一軒一軒”バラバラなエピソードが詰まっています。

 

間取りというは、ご存知のとおり線だけで“平面的”に描かれた図面であり、とてもシンプルなもの。伝わってくる情報はあくまで図面としての情報のみで、とても簡素なものです。

そんなわたしたちにも馴染みのある「間取り」が、大竹さんの手によって一気に色彩を帯びた「家」としてわたしたち読者の前に“立体的”に姿を現し、そこに生きる人間の様子や複雑な感情が、濃く描き出されていく。

 

 “間取りの中に確かに人が生きている”というリアルな実感。

あらゆる間取りのあらゆるエピソードを読む中で味わえるこの実感は、かなり魅力的で面白いです。

この間取りは実際にはどんな家で、今この主人公はこの間取りのどこを歩き、どこを見ているのか。そしてそこで何をして何を考えているのか。

登場する彼ら彼女らは喜びもすれば悲しみもするし、時には他人に見せられない姿をひっそりと露呈させることもあります。それらをぜひ、“間取り”から始まる異色なこの一冊で味わっていただきたい!

 

 

間取りの様々な部分を切り取って、巧みに物語を描く大竹さん。

 

例えば、この間取りを見て、皆さんならどこの部分でどんな人がどのようなことをしていると想像しますか?どんな物語が始まると想像しますか?

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きっと色んなことが想像できると思います。もしくは想像もつかないかもしれません。本の中では、時には「そこ(を切り取るの)か・・・!」とこちらの予想が気持ちよく裏切られることや、物語が予想もつかない展開を迎えることも。

※ちなみに、この間取り、実はおかしなところが1点あります。なぜここにこれがあるのか?物語のキーになっているので、正解は読んでからのお楽しみです。

 

 

 

また、間取りの中に自分が実際入っていくような描写も本作品の魅力のひとつです。

例えば、この一軒。

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玄関のドアを開けた瞬間、カビと湿気が入り混じった臭いに鼻孔を刺激され、思わず大きなくしゃみが出た。(中略)

ドアを閉めると光の帯は消え、あたりは薄暗くなった。覗き窓からもれるわずかな明かりを頼りにコンクリートの長い通路を進んでいく。幅が狭く、奥にいくほど暗くなっていて見えづらい。四分の三ほど行ったところで低い階段を登り、一段高くなった床をなおも進んで沓(くつ)脱ぎのスペースにたどりついた。(中略)

突き当りのドアのなかは一転してたくさんの光にあふれていた。地上に出てきたモグラさながらに思わず目をつむる。薄いまぶたの裏に黄色い光がちらつき、なかなか消えない。天井の窓から降りそそぐ光に温められ、室内の空気はびくとも動かない。川側の窓を押し開けると、ほどけて外に移動し、替わりに風が入ってきた。(P.8「船の舳先にいるような」)

 

物語の冒頭ではこんな風に描かれています。

人が玄関のドアを開けて、廊下を進み、窓からの光に目を細めているという、ごく平凡でありながら、なかなか間取りだけでは想像しづらい場面が、大竹さんの文章によって色づいた場面として、目の前に立ちあがっていく。

「間取り」があってこそ、感じられる面白みだと思います。

 

 

間取りというものは妄想し放題です。そしてこの本を読む限り、大竹さんの「妄想力」はいい意味で変態的なまでに緻密です。

今までにない「間取り」を駆使した異色の小説を、ぜひ手に取って楽しんでいただければと思います!

 

ぜひご一読を。

 

P.S.

すべての間取りはきちんと別冊にもまとめられています。傍らに置きながら物語を読み進めると、より読みやすくて良いかもしれません。(読者思いのありがたい付録!)

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『人間そっくり』 安部公房

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

台風が迫っていますね。関西には本日上陸するようです。皆さん家などで安全に過ごしてくださいね。「くれぐれも外出する際はお気をつけて。」テレビでもラジオでも繰り返し聞こえてきますこの言葉。でも、家の中にいるからといって安全とは限りません。不意にこんな訪問者がやってくるかも・・・ということで今回はザワザワが止まらないこの一冊をご紹介します。

 

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『人間そっくり』 安部公房

新潮文庫・定価362円+税・ページ総数183頁)

 

1951年に『壁』で芥川賞を受賞し、『砂の女』、『箱男』など数々の名作を手掛けている安部公房。いわゆる「純文学」と呼ばれるジャンル。以前ここにアップした太宰治に続き、目をそらす人も多そうなこのジャンル。

さぁ、騙されたと思って読んでみよう!薄いし。軽いし。新潮文庫だから紐のしおりもついてるし、しおり忘れる心配もないし。何より他で味わえないザワザワ感があるし。さぁさぁ。

 

ザワザワ。そう、ザワザワするんです。読みながら。そして読み終わったあとも。

だが、どんなものだろう。こんなことを、いくら書きつらねてみたところで、はたしてどれほど効果を期待できるものやら。第一、この手記が、どんな経路であなたの手にとどいたものか、それさえもまるで見当もつかない始末なのである。狂人のたわごとあつかいが、いいところなのではあるまいか。いや、狂人のあつかいはおろか、万一、あなたが連中の仲間だったりしたら・・・・・こいつはとんだ猿芝居だ、あなたはさぞかし大笑いすることだろう・・・・・ (P.7)

 

 

・・・・・どうかあなたが、ぼく同様に―たとえば、辞書や百科事典にも書いてあり、また誰もがそうと信じて、使いつづけてきたような意味での―≪人間≫であってくれますように!(P.8)

 

わたしたち読者へ向けられた、こんな冒頭から展開していく「ぼく」の“手記”が本作。“手記”の中で描かれるのは、火星へ探査用ロケットが発射されたある日、突然彼の家に訪れた、火星人と自称する奇妙な男と「ぼく」との奇妙な“対話”です。

 

一見突拍子もない話です。「火星人(笑)」みたいな、そんな感じになるでしょう?「ぼく」だって最初はそう思っていました。

やれ地球は火星と違って重力が強いからしんどいだの、地球にある物は火星の物と似てるけど使い方がまったく違うからビックリしただの。

「面倒な気違いが来たな・・・(ため息)」としか思っていなかった。

 

ところがどっこい、火星人と名乗るこの奇妙な男の巧みな弁舌に、自分はいったい何者なのか、何が正しくて何が間違っているのか、何が本当で何が嘘なのか、自分は火星人なのか地球人なのか(!)、しだいにわからなくなっていく「ぼく」。

 

 

自分の存在ってどこまで確かなものなんでしょう。

 

 

たとえば、あなただって―もし、本物の≪人間≫であるかどうかの、物的証拠を求められたとしたら・・・・・おそらく、腹を立てるか、一笑に付してしまうにちがいあるまい。そもそも、人間が人間であるということは、(中略)証明以前の約束事なのだ。(P.9)

 

この「証明以前の約束事」、“当たり前”だったはずのことが脅かされたとしたら。自分が確固たるものと信じていた、というよりも考えるまでもない事実であったはずのものが揺らいだら。自分の足元が崩れていくような言いようもない恐ろしさ。この“火星人”はその口先だけで、「ぼく」をその恐ろしさへじりじりと追い詰めていきます。

そして追い詰められたのち、いったい「ぼく」はどうなってしまうのか。

 

この会話とその結末はぜひ、この本を一気に読んで味わっていただきたい。(そう思ってこの記事でも会話は一切引用していません。)

ほとんどが会話と短い状況説明で構成されている本作。展開がとても早いので(個人的には実写化とかしても面白そうだなぁと思います。)、わりと読みやすいと思います。(さぁさぁ!)

 

読んでいくうちに、「ぼく」だけでなく読者である「あなた」をも巻き込む、この奇妙な男の話術にどっぷりハマって、ザワザワしちゃってください。

ぜひご一読を。

 

 

P.S.

福島正実さんによる解説で安部公房さんが尽力した日本SFのことが少し触れられています。SFについて詳しくはないわたしには面白い情報もたくさんありましたので、ぜひ興味のある方は読んでみてください。この作品がもっと面白くなるかも。

『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』 テクタイル 仲谷正史・筧康明・三原聡一郎・南澤孝太

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

暑い。暑いですね。夏です。暑くてもどこかへ遊びに行きたくなる季節ですね。涼しい家や喫茶店などでゆっくりと本を読むのも素敵ですが、せっかくの季節ですから、今回は身体を使って「遊べる本」を紹介したいと思います。

 

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『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』 テクタイル 仲谷正史・筧康明・三原聡一郎・南澤孝太

朝日出版社・定価1580円+税・ページ総数253頁)

 

わたしたちが日ごろ体感している様々な触感を記録・再生して、時間も場所も問わずに他者へその感覚を伝えることができる装置。そんな夢ある装置「テクタイル・ツールキット」を作った開発者たちが、“触れる”ことを“楽しむ”ための“入門書”として手掛けたこの一冊。

 

みなさんは、“触感”について普段生活している中でどれだけ意識していますか?

現代において、わたしたちは街中で舗装された道を歩き、会社では涼しい社内でPCを見て、周囲とのやり取りにはSNSを使います。とても安全で快適で便利な現代。でも、何かに実際に触れて、それを体感し、そしてそれを認識することってほとんど意識していない、意識する機会がない気がします。

 

快適になった現代を「よろこばしいこと」としつつも、そんな現代に「テクノロジーを使って」触感を取戻そうと試み、“身体で感じること”の大切さと面白さ、そしてその広がる可能性を教えてくれるのがこの本です。

 

ひとつひとつのお話がかなり面白いということはあまり説明するとネタバレになってしまうので読んでから実感いただくとして、ひとまず目次を少しご紹介。

1-1 もしも触感がなくなってしまったらどうなるか、想像してみよう――まるで幽霊になってしまったかのように感じる

2-6 タテヨコの区別がつかない、指先の錯覚を試してみよう――僕たちの指は案外テキトウだ

3-3 目で見ることで絵画に「触れて」みよう――視覚の中には、無意識のうちに触覚が入り込んでいる

4-1 絵の上に指を置くと因果性が生まれる?――自分のせいで世界が変わってゆく

などなど、興味深いタイトルがずらり。特徴的なのは内容の一つ一つが読者を巻き込むスタイルで語られていることです。

やってみよう!

どう感じる?

なんでだと思う?

小学校のとき、理科が嫌いでも面白い実験が目の前で行われると、思わず魅入ってしまったりしませんでしたか?そんな感覚で読める本です。

※裏表紙にまで仕掛けが。

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そしてこの本は、ただ触感の面白さを語るだけでありません。“触れること”が生み出す未来、その無限の可能性でもわたしたちを「あっ」と言わせてくれます。

もし、アスリートの身体感覚を体感できたら?今まで口述でしか学べなかったスポーツのスキルを実体験を通して学ぶことができるかもしれない。

触感を記録して再生することで「効果音」ならぬ「効果触」の作成が普及したら?映画館ではまだ存在しない近未来のモノに触れられるかもしれない。

ダンサーが感じている触感を観客が共有できたら?“見せる”しかできなかった表現が“体感できる”表現になるかもしれない。

他にもたくさんあります。いやぁ、ワクワクしますね。現代に触感を取り戻すことで、広がる世界がまだまだあるということです。

 楽しみですね。

 

触感というものは、わたしたちが思っている以上に、わたしたちの生活や未来に大きな役割をもっているみたいです。

 

記憶や願いといったものは、実体がなく、移ろいやすいものです。そもそも、私たちの存在それ自体がはかないものであり、だからこそ私たちは、誰かが亡くなったらお墓を建てるなどして、その人の存在をモノに刻みこもうとするのでしょう。(中略)

私は(あるいはあの人は)、かつて/あそこに確かに存在していた。そのことを、いま/ここに存在しているモノが語っている。この存在の感覚は、身体を使ってモノに触れ、そのモノとしての「重み」をありありと感じるからこそ、実感を持って感じられるのではないか。私にはそう思えるのです。 (P.225『触感を探す旅へ』)

 

 

ぼやっとしていると毎日は飛ぶように過ぎていきます。この本を読むことで自分の触感をちょっぴり研ぎ澄まして、世界をいつもより少し丁寧に感じてみるのもいいかもしれません。

 

ぜひ楽しんで読んでみてください!

 

 

P.S.

 8月に持ち寄りで本を紹介するイベント「本プレ」が神戸元町にある書庫バーさんにて開催されます!(わたしがほんのほんのちょっぴりお手伝いさせてもらっています。)イベントの詳細は下記リンクに近日アップされる予定なので、要CHECK!

https://www.facebook.com/bookstacksbar/

 

『夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない』 宮崎夏次系

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

書店などに行って棚に並ぶ膨大な数の本を見る度に、すべての本を読み尽くすことなどできないのだと、なんだか脱力して、同時にまだまだ知らないものばかりだなと、ワクワクします。そんな幅広い本がある中、前回のがっつり純文学とは打って変わってこちらの一冊。このブログでは初の漫画を紹介します。

 

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『夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない』宮崎夏次系

講談社 モーニングKC・定価640円+税・ページ総数222頁)

 

『夕方までに帰るよ』で連載デビューを果たし、その後、同作をはじめとした数々の単行本を出し、その独特の世界観から全国の書店員からも注目を浴びている漫画家、宮崎夏次系の第三の作品集。

ある日、死んだ愛犬のケージに入ってしまった父とその家族を描いた「リビングにて」

両親を失った男子学生が抱く、“大切なもの”を描いた「明日も触らないね」

過去の事故を共有する二人の女の子の再会を描いた「わるい子」

など、九編の作品が収録されています。

九つに共通して描かれるのは、“さみしさ”。

 

人がもつ「どうしようもないさみしさ」を、どうしようもないまま、素直に描いているこの作品。九編はそれぞれ舞台も登場人物もてんでバラバラですが、登場する人物は皆、面倒で、しんどくて、切なくて、でもどうしても断ち切ることのできないさみしさを抱えています。そんな彼らの(読者の)「どうしようもなさ」を肯定も否定もせず、ただ認めてくれる、そんな作品です。

 

そうした内容の中で、圧倒的な迫力を生んでいるのが、作者の一見幼稚とも言える絵と数少ない言葉です。一つ一つの話はごく短いものなのに、その迫力にあっという間に心かき乱される感覚。

 

作者の絵は、決して上手ではないし、人物や背景どれをとっても緻密な絵とは言えません。どちらかというと荒々しく、言ってしまえば雑なほどの絵の数々。けれど、彼女の描くそうした人物たちの表情は、緩急のある動きは、こちらに息の仕方を一瞬忘れさせるようなところがあります。 

まさに、漫画だからこそ出せる魅力。絵の力がかなり強い。

例えば、「明日も触らないね」の見開き1ページ、あの娘の前で傘が開いたあの瞬間。あの2コマで何かグッと胸につまる感覚は、この漫画を読むことで初めて体感できるような気がします。

 

そして、そうした絵とともにぽつりと出てくる言葉は、何食わぬ顔で読み手の心を奪う。

好きなものは世の中にいっこでいい

失くしたらおしまい

そんな感じの

 

(P.9 第一話「明日も触らないね」)

 

他ジャンルの本ではなかなか真似のできない、漫画ならではの表現力をぜひ他でもないこの一冊で実感してもらいたいと思います。

これまでに無い漫画、ぜひご一読を!

 

 

P.S.

この世界観にハマりそうな方は、ぜひ宮崎夏次系作品を借りるのではなく購入していただくことをお奨めします。読み返したくなる作品、多しです。

 

『女生徒』 太宰治

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

寒い寒いと言っているうちに、もう春が近づいてきて、うっかり更新しないまま2月が終わって3月がきてしまいました。新たなスタートをきる目前。今回は、実は以前から書きたい(オススメしたい)と思いながら、恐れ多くて書けていなかったこちらの作品を。ついに解禁します、させてください。

 

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『女生徒』 太宰治

(角川文庫・定価440円+税・ページ総数279頁)

 

言わずと知れた文豪、太宰治

太宰、と言うだけで、熱狂的ファンの方がぐっと身を乗り出してきそうで、「お前ごときが太宰を語るのか」と言われそうで、恐れ多かったのですが、この本とっても面白いのでオススメさせてください。(太宰ファンの方は温かい目でよろしくお願い致します。)

 

今このブログを読んでいただいている皆さんも、一度は教科書などで触れたことがあるのではないでしょうか。そして先ほど述べました熱狂的ファンの方がいる一方で、“太宰治”と聞くだけで、「あ、苦手です」という方もけっこう多いのではと思います。私も以前はそういうタイプでした。

古めかしい

難しそう

理解できなさそう

いわゆる純文学である太宰治の著作は、『走れメロス』など“陽”の作品は別として、『人間失格』などの“陰”の作品に対してこうしたマイナスイメージが付き物ですが、彼の描く、一見暗く湿度の高い人物たちの言葉や行動には、案外現代の私たちの心に響くものがたっぷりと含まれています。

 

14篇の短編からなる本作品。

自分や周囲に対して揺れ動く女学生の多感な心情を描いた表題作「女生徒」をはじめ、

他者からの評価と自己評価の狭間に苦しむ「千代女」、

名声を得た夫が変わりゆく様子を妻の視点から描いた「きりぎりす」

などなど。それぞれ様々な境遇の女性たちが登場します。

 

これらすべてが各主人公の女性の独白体で書かれており、すべてが彼女たちの主観のみで描かれています。誰に飾ることもなく、私たち読者に“告白”してくる彼女たち。つまり、とってもリアルです。

恋人や夫、家族、友人、手の届かない人との関係を通して、彼女たちがもつ哀しみや愛情、執念深さ、強かさが色濃く描かれています。めっちゃ(特に男性読者にとっては)恐そうですよね。

 

けれど、こうした描かれ方だからこそ、この少女・女性たちは、しっかりと現実感をもって(実際にこうした女性たちが(今も)いるのだという実感をもって)わたしたち読者の前に現れ、彼女たちの時に恐ろしくも、力強く真っ直ぐな言葉にはプスッと読み手の心に刺さるものがあるのです。

 

 

自分の個性みたいなものを、本当は、こっそり愛しているのだけれども、愛して行きたいとは思うのだけど、それをはっきり自分のものとして体現するのは、おっかないのだ。人々が、よいと思う娘になろうといつも思う。たくさんの人たちが集ったとき、どんなに自分は卑屈になることだろう。口に出したくも無いことを、気持ちと全然はなれたことを、嘘ついてペチャペチャやっている。そのほうが得だ、得だと思うからなのだ。いやなことだと思う。早く道徳が一変するときが来ればよいと思う。そうすると、こんな卑屈さも、また自分のためでなく、人の思惑のために毎日をポタポタ生活することも無くなるだろう。(「女生徒」P.32)

 

「女生徒」にて、主人公の少女が通学の電車の中で、ふと考える一コマ。 

もちろん現代はこの時代よりも男女ともにきっとかなり生きやすくなっているし、自分らしく素敵に生きている人もたくさんいます。けれど程度の差こそあれ、多くの人がなんとなく共感してしまうものが、この文章には大いにあるのではないでしょうか。そして共感してしまう人にとって、この文章はちょっぴり痛いのでは。(それこそ私の主観ですが。)

 

他にも彼女たちが吐露する言葉は様々です。怒りや悲しみや迷いに満ちたものがあれば、喜びや自信に満ちたものもあります。

 

 

昔には昔の、今には今の生活があり世間があります。

けれど、おそらくよっぽどの自信をもって生きていない限り、こうした言葉を通して見える彼女たちの姿には、時代を越えてどこか理解できるものがあるのでは、理解できずとも認めることのできるものがあるのではと思います。

(個人的には男性が読んでどう感じるのかちょっと興味があります)

 

 

「純文学」「太宰治」というだけで敬遠せず、ぜひ一度手に取って読んでみてください。そして手に取ってみたものの開いていなかった方もぜひ。ご一読を!

 

 

P.S.

近年は、各出版社で、「純文学を“若者受け(どちらかというと女子向け?)”させよう」という運動もあるのか、太宰治作品をはじめ、純文学の装丁がかなりお洒落でかわいくなっています。ファッション感覚で好きな表紙のものを買うのもアリかもしれません。

 

 

『鳥肌が』 穂村弘

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

最近寒いですね。大寒波が猛威をふるって・・・もう堪らないです。お風呂から上がる時なんかに鳥肌が立つこともしばしばですが、たまにはこんな本を読んで、クスッと笑いながらもちょっとした怖さに鳥肌を立ててみませんか。

 

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『鳥肌が』 穂村弘

PHP研究所・定価1500円+税・ページ総数248頁)

 

歌人でありながら、エッセイや絵本など様々なジャンルを手掛ける穂村弘さんが2016年に出したエッセイ集。穂村さんが日常生活の中でふとした瞬間に感じる、恐怖や違和感を穂村さんらしい親しみやすく軽やかな文章で綴っています(穂村さんの書く文章は読みやすい!)。ホラーではないのでご安心を。

本書には、

ホームの一番前には絶対に並ばない。もし背後から不意に押されでもしたら・・・。という恐怖を語った「次の瞬間」、

自らの恐怖で他人と話すことへのハードルを上げてしまう「他人に声をかける」、

電車の中でふと“自分以外の人間はみんな他人の心が読めるんじゃないか”という考えがよぎってしまった恐怖を綴った「自分以外の全員が実は」

などなど44篇のエッセイたちが並んでいます。

 

一見、そんなことそうそう無いでしょ・・・ぷぷぷ。と思われるかもしれませんが、一つ一つの“鳥肌”エピソードは、「なるほど。そうかもしれない」「もしかするとそんなこともあるかも」「それってもしかして・・・!」と私たちを納得させる、時にはしっかりゾゾッとさせるものです。

それが、善意や励ましの気持ちからであっても、誰かの心に「言葉」を贈るのはこわいことだと改めて感じた。音楽や絵画と違って、「言葉」は意味から自由になることができない。それを見たり聞いたりした者の心には必ず「意味」の解釈が入り込む。そこに致命的な ズレが生じる可能性があるのだ。(P.188 「お見舞いの失敗」)

 

そして、そうしたエピソードの最後、「仔猫と自転車」と(わりとどの本でもお奨めはさせてもらっていますが、)作者によるあとがき。ぜひ注目して読んでいただきたいです。

クスリと笑いながら、フムフムと納得しながら、ヒェーと怖がりながら、面白く237ページまで読み終えた私たち読者へ用意された、ちょっと毛色の違うエッセイと、作者の想いが垣間見えるあとがき。「仔猫と自転車」はさらっと読めばたった5ページで終わってしまう短い文章です。あとがきも初めはただ単に飲み会が苦手な作者の話から始まります。

けれど、なんとなく自分に何か問われている気がするのはなぜでしょうか。ふと何かをそっと目の前に晒された気持ちになるのはなぜでしょうか。

 

もちろん読む方によってはそんなこと全く感じない!という方も(おそらく性格によるものだとと思いますので、)いらっしゃると思いますが、この本の愛すべき一つのポイントとしてこの最後の2つの話は挙げられるべきではないかと思います。

 

 

エッセイも小説とはまた違った面白さが詰まっています。普段あまり覗くことのできない作家さんの一面をエッセイから覗いてみるのもアリです。

ぜひご一読を!

 

 

P.S.

表紙には“鳥肌”があしらわれていたり、中の紙はツルツルとした抜群の手触りだったり、しおりの紐もなんか変わっていたり、となんとも素敵な本です。興味があれば本屋さんで触ってみてください。

『注文の多い注文書』 小川洋子、クラフト・エヴィング商會

 

初めましての方は「とりあえずご挨拶 - 本の棚」をご一読くださると幸いです。

 

2017年が始まりました。“2017年”と聞くとなんだかもう近未来のような響きがするねとこの前友人と話しておりました。年月はどんどん進んでいるわけですが、近い将来には(もしくはもう既に?)こんな“注文”を聞いてくれるお店が存在しているかも。新年一発目は、不思議な“注文”をめぐる、見た目も内容も贅沢なとっておきの一冊を紹介させていただきます。

 

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『注文の多い注文書』 小川洋子クラフト・エヴィング商會

(筑摩書房・定価1600円+税・ページ総数205頁)

 

博士の愛した数式』、『ミーナの行進』、『薬指の標本』など数々の著書で知られる小川洋子さんと、吉田浩美さん・吉田篤弘さん(以前『小さな男*静かな声』 吉田篤弘 - 本の棚でもご紹介)による制作ユニット“クラフト・エヴィング商會”の共作である本作品。

「ないもの、あります」というコンセプトを掲げたクラフト・エヴィング商會へ、小川さんによる魅力的かつ難題な「この世にないもの」の注文が入るという、全5幕の短編集です。注文の品はすべて実在する小説に登場するものたち。それを探し求め注文しにやって来る人やその品そのものにまつわる物語を、小川さんとクラフト・エヴィング商會がシナリオ無しで書き上げた逸品。

 

恋人に触れる度、触れた箇所が自分だけ見えなくなるという女性が注文する「人体欠視症治療薬」、

祖父の死をきっかけに出会った不思議な“叔母さん”を探す男性が注文する「貧乏な叔母さん」などなど。

もしかすると本に詳しい方は“注文”を見ただけで「あぁ、あの小説のあれか」とピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

本作品の魅力の一つとして、文章と写真を組み合わせた特徴的なデザインがあります。(これはクラフト・エヴィング商會が得意としている手法です)

まず目を惹くのが、思わず“ジャケ買い”したくなるような綺麗な装丁ですが、ページを開くとそこには文章と共に「この世にないもの」を映し出した、魅力溢れる写真が納められています。

この世に“ない”はずのものが現実的に“ある”ような、

現実世界とフィクションの世界の境界が曖昧になるような、

読者の心をがっつり惹きこむ、趣向を凝らした中身になっています。

 

 

また、もちろん写真だけではなくエピソードとその語り口も一つ一つ秀逸なところがこの本の贅沢なところです。

お客はなぜそれを注文するに、注文せざるを得ない状況に至ったのか。小川さんが描く人々は、時には来店し、時には手紙をしたためて、切実な願いと共にそれぞれの探し物をクラフト・エヴィング商會へ“注文”します。

 

 

予約もしないで来ちゃったんですけど、構いませんか?とにかくこういう場所は初めてなんで、要領がよく分からなくて・・・・・。ここを教えてくれたのは時々目医者さんで一緒になる、指圧師のおじいちゃんです。クラフト・エヴィングさんに頼めば大丈夫。どんなわがままな注文でも、嫌な顔一つせず、快く聞き入れてくれる。あそこには、ないものだってあるのだ。だから何の心配もいらない。そう言ってました。

私の注文は、人体欠視症の治療薬。分かります?変な病気でしょう。どうか、笑わないでね。

(「case 1 人体欠視症治療薬」P.20)

 

特殊な病の治療薬を求めてクラフト・エヴィング商會にやって来た女性が来店する最初の場面。

すべての注文はこんな風に彼ら彼女らが直接発する言葉で語られ、その想いを私たち読者の胸にも訴えかけてきます。

 

これらの注文品に関して、どのようにしてその品が発見されたのか、そしてそのこの世に“ない”はずの物はどんな姿かたちをして“ある”のか。すべてはクラフト・エヴィング商會による写真を織り交ぜた“納品書”で明らかにされ、「なるほど、こういう物(こと)だったのか」と私たち読者(と注文した人々)は目を見張るわけです。

 

そしてこの本の面白いところは、注文品を受け取った“受領書”として、小川さんによる、注文者たちの後日談が描かれていることです。「見つかりました、めでたしめでたし。」では終わらない。

注文品を手にした彼ら彼女らはその後どうなったのか。果たしてその品を手に入れて幸せになったのか。時に意外な結末を迎えるエピソードに再び読者は目を見張ります。

 

 

読んでいるうちに、不意に足をすくわれるような“仕掛け”がたっぷり盛り込まれた、美しいこちらの一冊。ぜひご一読ください。

 

 

P.S.

この本の最後には「本書の源泉となった五つの小説」と題して、実際に注文品が登場する実在の小説が小川洋子さんのコメント付きで紹介されています。こちらも読んでいただければ、次に読みたくなる本が見つかるかもしれません。